『ウバイド』
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『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:23頁
ここまで来れば
「芦花部」という、
この地名の、古代からの実在を疑う人はないと思うが、
さらに念の為に、
それが名乗りとして使われたかどうかを調査してみた。
すると『記・紀』にも
『先代旧事本紀(くじほんぎ)』の「天皇本紀」にも、
明確にその名乗りが記録されていたのである。
『古事記』は「足鏡別王」と書き、
父は倭建命、母は山代の玖玖麻毛理比売だから、
そのままだと仲哀天皇の異母弟になる。
『日本書紀』には
日本武尊系譜には書かれていないが、
足鏡別王とほとんど同じ名の「蘆髪蒲見別王」が、
仲哀天皇の元年11月の小節に出てくる。
また『先代旧事本紀(くじほんぎ)』の
「天皇本紀」と『住吉神代記』には、
葦敢竃見別命が日本武尊と弟橘姫の子として出てくる。
系譜は単純ではない。
つねに深く研究して戴きたい。
地名を名乗るのが「名乗り」なのだから、
アシカビが元になっているとわかっているから、
どれが良いか簡単に順位を決められる。
「ビ」に「美」を使うとアシカミになる。
「蘆髪」はそれに合うが、
「葦敢」は、
その蘆髪を「アシカン」と南九州語詑りで発音しているから、
蘆髪より後で、
足鏡は「アシカ・ガミ=アソカ神」に合い、
地名からは最も離れているが、意味は一番正しい。
これは地名を知らずに名乗りだけで
『日本書紀』の誤りを訂正したものだと物語るから、
『古事記』のこの部分は
『日本書紀』を読んでから書かれたのだとわかる。
『参考』
ネット歴史塾
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
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