2011年4月6日水曜日

壹輿時代の五彩圏実在と、ミナミ(南)の語源

『ウバイド』
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『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:12頁

では日本では五彩圏はどんな歴史をたどり、どうなったのであろうか?。

結論を先にお話しすると、

小国・日本はギリシャ人の国を「毛人之国=霧島」と

呼んで自分たちと区別している。

この小国・日本は

「薩摩(さつま)=壹国(サツま)」を中心にしているから、

3世紀には位宮と壹輿政権のことであり、

開聞(シラキッ)があり

壹輿が赫居世(かごし)で新羅始祖王なのだからシラ=白。

その東の霧島は黄で、

その東の宮崎県に倭国=オオ=青があったのに完全に合う。

この配置はまさに壹輿の赫居世時代のもので、

当時は北端に高句麗の黒があり、

壹輿の出身地であり位宮の名乗りでもある琉球が、

アカイヤ以来の「アカ=南」という方角名をもっていたのである。

このことは、

さらに南をなぜ?ミナミというか?という日本語のナゾも解く。

そこの有力住民だったソナカ仏教宣布団の人々は、

その「アカ」をパーリ語の「水=アクァ=アカの国」として受けとって使い、

水を「ミッ」「ミ」と発音していた九州本土の人々はそれを受けて、

南海を総称して「皆水(ミナミ)=ミナミの国」と呼び、

さらに南海と書いてもミナミと読んだから、

「南=ミナミ」という日本独特の名詞が定着したのである。

この結論に欠陥はないか傍証を求めてみると、

大海のことを咸(かん)池・咸海とも書く。

この「咸」の訓(よ)みは「ミナ=皆」だからやはりミナミで、

源=は水元(すいげん)だけでなく

「皆(国民)の本=天皇家」出身を意味している。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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