2010年5月29日土曜日

前期後半の大型前方後円墳の変遷

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録08:18頁

その表題でご想像がつくように、

展示物は図録・図鑑でよくご存じのものが大半である。

ただ、それが今向のようなテーマで選別されて集められたことは、

過ってなかった。

在来は、それらが当然のように、

大和朝廷の実在を示す遺物として

天平文化にまで続く一連の文物、

天皇独裁、万世一系の父子相続を証明する証拠物件として

疑わなかったからである。

しかし真実でないものは必ず挫折する。

信頼が深ければ深いはど、その崩壊は救いようがなくなる。

そのときフランス革命の悲劇のように、

罪なき者も真に価値あるものも巻き添えをくって抹殺されてしまう。

私たちはそれを最も恐れるのである。

本題から逸れるので関連牲の強いものだけ簡単に展示の説明をしてみよう。

「大型前方後円墳の変遷」は大半が陵墓に指定されていて調査比較ができない。

そこで墳丘測量図が展示されている。

その特徴は墳丘部が段々に積み重ねた形になっていることであるが、

それが時代とともに高さを増して、

2段から3段になり、3段が定型の河内古市古墳群につながる。

大きさは

渋谷向山302m、

五社神276m、

宝来山226m、

佐紀石塚山220m、

佐紀陵山208m、

津堂城山208m、

巣山204、

摩湯山200m、

網野銚子山195m、

島の山195m、

五色塚194m、

神明山194mで、

これら同時代の200m級の大型前方後円墳の分布は、

古市1、和泉1、播磨1、丹後2で、奈良が7である。


『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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