2010年5月5日水曜日

日本語の巨大ルーツ発見

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録07:4~9頁

日本語の文法はウラル・アルタイ語と同じだから、

それと同じ祖語から分かれたのだろうというのが在来の定義(実は仮定)で、

その歴史もルーツもまるでわかっていない。

世界の大国中こんな状態のまま停まっているのは日本語だけで、

経済だけは超大国でも、

自国語の歴史すら不明のままでは、

諸外国の人々に蔑視されてもやむを得ない。

「比較言語学の無能と自滅」

だがそれは我々日本人の責任ではない。

欧米で生まれた比較言語学のもつ根本的な誤りに原因があるからである。

言語は単語を並べて意思を伝えるものだ。

その並べ方=語順を「文法」と呼ぶが、

比較言語学は文法を分類の拠り所にしてきた。

しかしそれではその言語の出発点が、

他のどの言語と同じかという言語の系統がわかるだけで、

それ以外のことは何一つわからない。

「言語を本当に構成しているのは単語」

文法は無形の「語順」に過ぎない。

会話の全体を占め有形の文字で表現される本当の言語は「単語」である。

いま私たちが使っている厖大な量の単語が、

文法ができた数万年前から存在したはずはない。

最初は原始的な単語を並べていたに過ぎない。

人知が進むにつれて次第に新しい単語を加えながら

現在の言語に成長したのだから言語は

使う人々の文化発展の歴史を記録している。

それは「単語」が記録しているのであって、

原始時代そのままの文法は何の役にも立たない。

文法で言語を分類するシステムは

その言語の出発点とその時の近縁語を知る以外には

何の価値もない。

単語を「借用語だから駄目だ」といって切り捨てる学問では

言語の歴史も価値もわからない。

これは個人でいえば家系だけはわかるが

それ以後の履歴は何もわからないということだ。

仮にそんな「○○氏の子孫」としか書いてない履歴書を提出したとすれば、

相手は異常者とみなして採用どころか検討もしない。

履歴書で必要なのは、その人物の学歴や経歴や実績だからである。

文法だけを言語の分類基準にした過去の比較言語学は、

こんなことにさえ気づかない古い学問の遺物でしかない。

「日本語はウラル~アルタイ語の一種だ」としてきた在来の定義は、

この程度のものに過ぎなかったのである。

「借用語」

そんな誤った定義の視点では、

ウラル~アルタイ語の原始的単語以外は全て借用語にみえる。

だから「借用語だ、日本語本来のものではない」とハネのけてしまう。

だが日本語は私たちの祖先が採用し、

生命を支え続けて今日を築いた必須の生きた言葉なのだから、

新しい単語が日本語に入った歴史と、それがどんなふうに成長発展してきたか、

その正しいルーツを知ることが必要なのである。

最も原始的な単語以外は全て借用語だと切り捨てては

私たちの祖先の歴史は消去されてしまう。

近世になって言葉だけが輸入された英語のように

「他の言語だけを借りる」ことは古代には不可能だった。

それらの言葉をを話す人々が自身やってきて

次第に新しい日本人を形成したからこそ、

今の日本語が出来上がったのである。

誰が教えたか?ではなく、

それらの単語は、いっ、誰が、どんな風に、

日本語の中に加えたのか?を知ることが重要なので、

それを知らなければ、日本人の本当の歴史もわからない。

しかしそんなことがわかるのだろうか?。

今回発表する「パーリ語と日本語の関係を物語る実例と結論」は、

この疑問に、世界で初めて明快な答えを出してくれたのである。

「パーリ語とは」

仏教を世界に広めたアソカ王(古代インド・マガダ国王)の王子マヒンダが

紀元前243年スリランカに派遣されて、

スリランカ王デーバナンビヤティツサを信者にし

国民に広めた小乗(上座部)仏教の経典に

使われていた用語を、聖典という意味でパーリと呼んだ言語のことである。

アソカ王たちはインド~アーリヤ系のシンハラ人で、

その言語はシンハリ語だったから、

パーリ語は釋迦が話した言葉を記録したもので、

Sakya サキャ(塞・スキュタイ)語がインド語化した言語である。

だから今のシンハリ(スリランカ)語でもタミル語でもない。

それが何故?いっ?どんな風に?、 

このあと見本ご覧にいれるように実に大量に日本語に混入し、

私たちが立派な日本語として日常使うようになったのか?。

「我が国への仏教初伝は弥生時代誕生期」

このことは誰もが我が国への仏教伝来を連想するが在来は日本の仏教は

5世紀に初めて朝鮮半島の百済から伝わったとしてきた。

それなら当時は中国仏教の最盛期だから渡来したのは全て漢訳仏典で、

そこに書かれたものは中国語だ。

それがどんなに普及しても原語のパーリ語とは無関係で、

パーリ語が我が国で大量に日常語化するはずはない。

ところが今発表する「日本語化したバーリ語」の発見数は

5000語を遥かに超えている。

これは明かに5世紀の百済仏教伝来とは無関係にパーリ語を話す人々が大量移民し、

日本語を大変貌させるだけの大勢力をもっていた事実を立証している。


「東方仏伝の指揮者ソナカと神功皇后夫妻」

その移民の時期はいっだったか?それもはっきり突き止めることができた。

アソカ王命をうけて東方へ出発したのはウッタラ宣布団とソナカ宣布団とで、

双方とも我が国に多くの遺物を残しているからである。

最初に彼等がやってきた時期は5世紀より遥かに古く、

弥生時代の開始期に一致し、

第二波の渡来は紀元前後だと特定できている。

それは卑弥呼で名高い

『魏書』の倭人の章に巴利国と不弥国が記録されているが、

巴利はパーリ。

不弥もブーミ=新国土を意味するパーリ語だからである。

そればかりではない。

神功皇后夫妻の名は共にソナカに対する当て字で

東方仏伝の指導者ソナカと同名だし、

皇后のサニワを勤めた武内宿祢のそのサニワとは、

やはりパーリ語で大臣を意味する

sajiva への当て字であるといった物証が

『記・紀』その他に充満している。

それらもすでに大量に考証済みで、

『記・紀』は今や信頼度の高い史書に変貌した。

「日本人蔑視を吹き飛ばした成果」

数個の言語が似ているだけなら偶然とか

「他人のソラ似」ということもあるが、

ご参考までにこの後に添付したサンプル語だけでも300語に近く、

それだけでもパーリ語と日本語が似ているのは偶然だ、

などという反論は完全に消滅する。

パーリ語が現代日本語の母であることと、

その単語の質の高さによってそれが古代日本文化を飛躍的に高め、

近代の日本人発展の基礎こなっていたこともまた疑う余地がない。

日本人蔑視は跡形もなく消えてしまう。

「ヒエログリフ解読を遥かに超す発見」

これはナポレオン軍がロゼッタ・ストーンを発見して欧州に持ち帰り、

それがヒエログリフ解読を可能にしたのに似るが、

それによって得られたものは、

壁画や彫刻などに残された文字から、

古代エジプトの文化僅かに読み取れただけでしかない。

それに比べるといま曲がりなりにも超大国である我が国の古代文明を、

厖大な量の言語で、

当時のまま白日のもとに明かにする今回の発見は、

日本人だけでなくアジアにおける古代人類文明の実態を明かにした、

質、量ともに希に見る巨大な発見なのである。

それは単に古代エジプト文字が読めたといった程度のものではない。

世界の一大指導勢力でありながら

従来は正体不明の孤立語を話す小さな島国人とみられてきた

日本人観がどんなに間違っていたか、

また古代日本人が当時の世界でも希な、

どんなに凄い先進文明の持ち主だったかまで徹底的に立証しているからである。

これほど強力かつ重要な言語学上の発見は、人類史上いまだかつてない。

「解けた弘法大師伝法の謎」

それはまた例えば宗教学上の永い謎もとく。

弘法大師空海は中国へ留学して

短期間にインド出身の老師の教えを吸収し、仏典の原典を読み、

永年修行に励んできた中国人の先輩たちを超えて、

法灯を授けられて日本へ持ち帰った。

これは大師の天才によるものとはされてもなお大きな謎を残してきたが、

いまパーリ語と日本語の謎が解けてみると、

言語の上でも大師が中国人先輩たちより遥かに有利だったことがよく理解できて、

大師が受けた栄誉が真実であり、それを奇跡としてきた一切の謎が解けるのである。

次に抜粋したそのサンプルは300語弱であるが、ほとんど説明なしに、

一見してご理解いただけると信じる。

それらが僅かな発音差による変化で現代語にまで移行するのは、

沖縄・南九州の、

いわゆる方言を経過した結果だということも、

よくおわかりいただけると思う。


『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト
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