2010年5月22日土曜日

豊葦原の領域と「瑞穂の国」捜査のヒント

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録08:11頁

これで「原」は「カラ」であり、

当時は「国を意味する代名詞」だったことがわかった。

「豊葦原」とは「豊=大阪」から「葦=奈良」への、

後の大和朝廷圏の「国々=原」を指していたのである。

だからこの<原>は、もう、それを独立した国名として探す必要はない。

では残る瑞穂の国とはどんな意味で、何処を指していたのであろうか?。

かつてはそれは

「豊かな葦の生えた原野の、開墾すればやがて豊かに稲が実るであろう国」

という漠然とした、

温帯ならどこにでもある地域を表現していると説明されてきた。

だが以上の検討で、「豊葦原」とは厳然とした「大阪・奈良圏」という、

後の首都圏だと確認できてみると、

「やがて豊かに稲が実るであろう国」などという、

いい加減な説明では事は納まらない。

なぜならそれは地域を挙げて明示する「名乗り」と同じものなのだから、

当然、厳然として実在する重要な地域を表現した「固有名詞」なのだからである。

その地域がどこにあるかも、すでに「大阪・奈良圏」がわかっているから、

それと一体になった地域であることは常識だ。

しかしその周辺を探す前に、もう少し考えておくことがある。

それはこの「瑞穂の国」もまた「名乗り」と同じものだということである。

この「瑞穂」とよく似た名乗りをもった五王の一人がいる。

「瑞歯別の天皇」である。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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