2010年3月19日金曜日

日本古代王族の婚姻系譜(42)

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録05:26頁

出典:言語復原史学会・正会員:柿本一征

「履中天皇は多遅麻」

これを論証抜きで解明すると、次のようである。

実は名前を入れ替えるだけで論証になっているのである。

「系図M」

7       8         9 

|五十琴
|五十琴姫 ∥
(弟姫)   |驚住王      応神天皇∥
五十功彦 ∥_|安姫    ∥_|山無姫 ∥
(本姫郎姫)   |大別
|清姫     ∥        |オナベ姫
蓋婁王(陳安)∥_|多遅麻 ∥
|中姫

このように、鮒磯別王=五十功彦に他ならない。

すると、

前稿(「七支刀」)で多遅麻が

百済14代近仇首王と解明しているから、

百済本紀にある近仇首王の男(しゅうと)の真高道は、

多遅麻の妃の父の五十功彦(=鮒磯別王)ということになる。

応神天鼻の妃の別名の一つは太姫であるから、

安姫(太姫郎姫)━太姫(山無姫)と、

母と娘が同じ部分(「太姫」)を含みもっていて、

天孫本紀は

「山無姫(太姫)は履中6年2月条の太姫郎姫(安姫)の娘なんだ、

その履中天皇は多遅麻のことなんだ、気付いてくれ」

といっているのである。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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