2014年7月21日月曜日

 埼玉・鹿島:剣持神の国(5)稲荷山古墳出土鉄剣銘文の氏族①上祖名意富比垝ⅰ

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:702頁

 第十一章 日本に祀られたインドの神々

 埼玉・鹿島:剣持神の国(5)稲荷山古墳出土鉄剣銘文の氏族①上祖名意富比垝ⅰ

  「意富」は古事記に特徴的な用語である。

 初見は上巻の 冒頭神代の記述に「意富斗能地神」と現れる。

 これに続いて「次に妹大斗乃辨神」とあるので、

 「意富」が「大」であることが判明する。

 次に伊邪那岐命の黄泉国降りに「意富加牟豆美命」、

 また中巻になって神八井耳命の後裔に「意富臣」とあり、

 崇神天皇条に

 「即ち意富多多泥古命を以ちて神主と為りて、

  御諸山に意富美和の大神の前をきたまひき」とある。

 このうち意富臣は『日本書紀』に「多臣」とあるほか

 「太、飫富、於保」とも表記される。

 鉄剣の刻銘「意富比垝」は「オホヒコ」と読まれており、

 この呼称は『古事記』の崇神天皇条に載る大毘古命、

 『日本書紀』の大彦命に当たると理解されている。


 『古事記』に

 「大毘古命を高志道に遣わし、

  其の子建沼河別命をば、東の方で十二道に遣はして、

  其の麻都漏波奴(まつろはめ)人等を和平さしめたまひき」と、

 いわゆる四道将軍の一人として

 北陸道から東国に派遣された人物名である。

 「意富」の訓音を太田亮の「姓氏家系大辞典」では

 「オホ」としているが、

 その訓音を移している「飫富」は「ヲフ」である。

 延喜式神名帳「上総国望陀(コウダ)郡」に「飫富神社」とあり、

 同社は現在の千葉県袖ヶ浦市飫富の飽富神社で、

 土地の古老は「オオノミヤ」と呼び鳴らしていたという。

 当地は和名類聚抄の上総国望陀郡飫富に比定されている。

 《参考》



 《参考》
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ
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