2012年1月27日金曜日

『日本書紀』と『古事記』の闘争と理由と証拠



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録24:29頁

 『日本書紀』と『古事記』の闘争と理由と証拠

 ではなぜ?全体は同じなのに、内容に違いがあるのであろう?。

 それは先にみたように、編集者の立場が対立していたからだ。

 外観が同じなのは、こちらこそ本物の国史なのだと、

 主張し信じさせる必要があるからである。

 仮に自分が主張したい部分だけを提示してみても、

 それでは肝心の権威がない。

 それはお前個人の考えに過ぎない。

 歴史は『日本書紀』に書いてある。

 お前のは手前味噌の『家伝』にすぎない。

 と読んで貰えない。

 これこそ天皇たちが公認した本当の歴史だと、

 読者に信じてもらうのが、

 何をおいても先決条件なのだ。

 双方とも外観はそっくり同じ『正史』スタイルになっているのである。

 しかし中身まで同じでは、本当の目的である「自己主張」はできない。

 相手の記事のウソを指摘して、自分たちこそ本当の歴史を知る、

 その歴史ある韓を造った貴族の一族なのだと信じて貰えなければ何にもならない。

 だから『古事記』は磤馭盧島を、

 わざとオノゴロ島に変えてしまった。

 その理由は、

 のちの『新撰姓氏録』が仁徳天皇系の人たちを一人も掲載していないことが、

 はっきり証言している。

 理由は、彼等はパーリ語を知る敗北者=旧倭国とは無関係だという主張なのである。

 それはまた、彼等が仏教徒であることを隠し否定する記事の質と量も証言している。

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