2012年1月17日火曜日

18氏『纂記』記事の実体と舎人親王の深謀遠慮



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録24:19頁

 18氏『纂記』記事の実体と舎人親王の深謀遠慮

 しかし『日本書紀一書』をみると、

 「国生み」の異説は10ある。

 それらの一書は、持統天皇が朱鳥5年8月に提出させたと『日本書紀』が書く

 『18氏の纂記』以外のものだとは考えられないから、

 18氏らがすでにもっていた寓話であったことは疑えない。

 決して舎人親王の創作ではなく。

 後世に書かれたものでもない。

 だから舎人親王が書き加えたのだとすることはできない。

 「国生み」部分は舎人親王の意思とは無関係だと誰しもが思う。

 だがそこに1つの「落し穴」がある。

 「持統天皇が命じて18氏に『纂記』を提出させた」という記事は

 『日本書紀』に書いてあるだけで他にはない。

 舎人親王なら、その記事を書き加えることができる。

 でもなぜ?そんなことをする必要があるのだろう?。

 それを書き加えることで、「国生み」は舎人親王が自己の有利をはかって、

 わざわざ強調したものではない。

 それは「そう書いてあったのだから仕方がない」ということになり、

 親王は追及を逃れ、「国生み」は第三者証言だという強みができるが、

 自分で書いたと知られたのでは弱く、政敵に非難されて逆効果になる。

 前後を深く観察すると親王はそこまで考えられる知性人である。

 そして「国生み」には殊更に、10種もの「一書」が並べられている、

 それは親王が工作し加筆したことを、

 一層強く証言する動かぬ証拠に見えるのである。

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