2012年1月25日水曜日

求めるのは「完全な編集」でなく「史実の確認」



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録24:27頁

 求めるのは「完全な編集」でなく「史実の確認」

 以上の経緯がわかると、

 『古事記』序文が書く天武天皇の言葉も全くの作り事ではないことが、

 はっきりわかる。

 『古事記』は後世の作品ではあっても、事実に基づいて書かれている。

 この点は、

 『日本書紀』のソナカ=仲哀天皇と卑弥呼の記事が分散していたのと同じで、

 時間帯はウソだがそれは編集者の罪で、記事の内容は史実なのと似ている。

 時代がウソだから、全部ウソで固めてあるという説は短絡である。

 左翼学者がその時間帯のウソを理由に、

 『古事記』全体を抹殺した行為は、徒労だったのである。

 私たちが『記・紀』に求めているのは史実の確認である。

 決して「完全な編集」を求めているのではない。

 だから『古事記』が宝の山であることは変わらない。

 短絡説に支配されて抹殺してしまっては、

 史家の名にみずから泥を塗ることにしかならない。

 私たちは『記・紀』が「拙(まず)く」?あるいは「巧妙に」?編集した、

 それらの史実を検討して正しく復元しなければならない。

 それも読者から非難されないように、

 史実だとみとめた理由を明記しておかねばならない。

 戦前の右翼のように『古事記』は絶対だ、

 などといって誤魔化すような卑怯な真似は許されない。

 そんなことしか出来ないのなら、建国史以外にも幾らでも仕事はある。

 『記・紀』研究史は残念ながら粗雑すぎたのである。

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