2012年1月13日金曜日

定義 「天の御柱めぐり」の作者は舎人親王



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録24:15頁

 定義 「天の御柱めぐり」の作者は舎人親王
 定義 「天の御柱めぐり」の作者は舎人親王


 『儀鳳暦』は、唐の麟徳2年に完成した暦で、天武天皇5年にわが国に伝わった。

 その時が唐の儀鳳2年だったので、わが国では儀鳳暦と呼ぶ。

 『元嘉暦』は南宋の元嘉20年に作られて、

 推古天皇の時、百済僧・観勒(カンロク)が天皇に伝えたが公式には使われず、

 持統天皇4年12月になって、始めて公式に使いはじめたが、

 これも僅か7年で廃止して儀鳳暦に改められ、

 以後67年間、儀鳳暦が公式暦として使われた。

 神武天皇元年の元旦=1月1日が、

 今の暦では2月11日であるように、暦にはそれぞれ特徴がある。

 『日本書紀』に書かれた年月日と干支を調べると、

 それがどんな暦によるものかが直ぐわかるから、

 『元嘉暦』による年月日は、持統天皇時代の7年間に記入したことが、

 はっきり証明され、定義できる。

 『儀鳳暦』は、その『元嘉暦』が廃止された後の暦だから、

 『儀鳳暦』を使っている部分は、その後で編集されたことも、

 またはっきり証明され、定義できる。

 そこで実際に調べて見ると、

 『日本書紀』の記年は、

 前の方が『儀鳳暦』、後の方が『元嘉暦』で、逆になっている。

 前の方のその部分は「後で書き足したものだ」と、明確に定義できるのである。

 舎人親王は間違いなく後から書き、編集したのだから、

 問題の「天の御柱めぐり」は舎人親王の作品である。

 この定義は崩れることはない。

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