2010年1月18日月曜日

「書いてない」ことを強力な証拠にする工夫

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録02:25頁

  19頁は、その奈良はおろか近畿も銅鐸圏も、

 みな邪馬臺国でも邪馬壹国でもないと、

 『魏書倭人章』そのものが、はっきり証言していることを話す部分である。

 ここでも説得はせずに、

 ただ「張政が書いた報告書=『魏書倭人章』に銅鐸のことは一字も書いてない」

 ということだけを告げる。

 だが続けて、

 それがどんなに強力な証拠かを力(ちから)を込めて教える。

 張政の記事が、倭人の生活の細部まで詳しく観察して記録している事実を指摘し、

 倭国に銅鐸があったのなら、長期間滞在していた張政は、

 必ず銅鐸を鳴らす音を聞いたはずだし、

 それは彼の鋭い注意力と責任感によって、必ずその正体が突き止められ、

 倭人の特徴を示す珍しい習慣または風俗と楽器として

 特筆大書したはずだと読者に注意をうながし、

 その記事がないのは、彼が記録した倭国は、

 銅鐸圏ではなかったことの動かぬ証拠だと、

 記事が全く「書いてないこと」が最も強力な証拠だという

 『証拠』を提出するるである。

 これで読者はしっかりと「倭国は銅鐸圏内にはあり得ない」と認識する。

 それを高校生に代弁させることで、

 この問題が決着して

 『大和説』が完敗したこと印象づける結論の言葉を引き出し、

 さらに次の大きな問題である

 「臺(ダイ)か壹(イチ)か」の問題を、

 過去に論じられたことのない

 2つの視点による証拠=魏の官僚制度と木簡・竹簡を提出して

 明確な結論をだす。

 『参考』

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 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書"
 『メソポタミア世界』
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