2010年1月22日金曜日

『魏志倭人伝』などという本は存在しなかった(論文23)

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録02:29頁

 「魏」の国の記録は、張政が書いた報告書1通だけじゃなかつたのね」

 「正確に写したものが、たくさん残っていたんだ。

  それを魏の国が晋(シン)という国変わったあと、

  陳寿(チンジュ)という人が史料集めをして整理編集して、

  『魏書』という本にまとめた中に、

  『倭人』という一章として加えた。

  これまでそれを『魏志倭人伝』と呼んできているが、

  『魏志』という本はないし、

  『倭人』も『東夷(とうい)』という東方地域住民の記事の中の一章にすぎないから、

  『魏志倭人伝』というのは幾重にも間違った、でたらめな名なんだ。

  正確に呼ぶとすれば『魏書・東夷伝・倭人章』だから略しても

  『魏書倭人章』という以外に正しく表現することはできない」

 「でも魏と呉(ゴ)と萄(ショク)の三国の歴史をその陳寿が書いたので

  『三国志』というと聞いたわ…?」

 「私のもっている本も全部『三国志』魏志倭人伝と書いているわヨ…」

 『参考』

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 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書"
 『メソポタミア世界』
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