2010年1月17日日曜日

木簡や竹簡の大きい漢字を、中国の高級官僚が間違えるか?(論文20)

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録02:24頁


 「そうなんだ。

  『卑弥呼のいた都は大和(ヤマト)だから邪馬臺(ダイ)が正しいのだ。

  中国人は「臺(ダイ)をか「壹(イチ)」と見間違えたのだ』と

  いう大和説の主張にはまだオカシイところがある。

  それもついでにお話ししようか?」

 「お願い!明日は土曜だからお休み、時間は幾らでもあるわ!」

 「それじゃ、魏の役人が臺(ダイ)の字を壹(イチ)の字と間違えるか考えてみよう…。

  中国で文字が使われはじめたのは殷(イン)の時代だから、

  卑弥呼時代までには1500年たっている。

  魏の前の漢の時代には文字の国と呼ばれる完成した文化になっていた。

  ことに重要な外交記録を扱う高級官僚は、

  その漢字を使いこなして立派な文章が作れるかという試験を幾度受けて、

  次第に進む制度で選び抜かれて昇進してきた秀才たちだった。

  また当時の文書は木簡や竹簡で、大きい字を書く。

  今の活字のように小さくも、細かくもないから、

  読み間違えることなんか絶対にない」

 『参考』

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 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書"
 『メソポタミア世界』
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