2014年9月23日火曜日

大物主神の奉祭氏族:登美族(5)

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:754頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大物主神の奉祭氏族:登美族(5)

 讃良は彼等の王族の居住地である。

 Dvārakā は「多くの門のある都市」の語義で、

 別称では dvāra-vati とも呼ばれ、これは「門・都市」である。

 寝屋川市の大利神社の鎮座する

 「大利(おおとし)」はこの dvāra 転訛で、隣りの門真市名は

 dvāra(門)-vati(マ) の意訳音写の合成語であり、

 表記の門真は溝橛の意味を含む。

 門真神社はドヴァラヴァティ神社ということになる。

 また、ドヴァラカを神社名としているのが

 寝屋川市郡の友呂岐神社と木屋町の鞆呂岐神社である。

 この地域は平安時代に鞆呂岐荘であり、

 現在の香理から三井地区を含んでいたとみられる。

 「ミツイ(三井、美井)は、マツヤ」の転訛で

 ドヴァラカ国の前身であるマトゥラーを首都とした国名である。

 Va(ヴァ)ma(マ)と転換されたのは、

 かって Narvada 川と称されたインド西部の河が
 
 現在では Narmada 川と表記されている例で理解できる。

 Vāsava (vasu 神郡の長インドラ神) が

 漢音では摩娑婆とされている。

 二つのトモロキ神社は延喜式神名帳には載っていないが、

 平安時代にはその存在が

 すこぶる低下してしまっていたからだろう。

 それらの神社の祭神は門真神社が素盞鳴尊とするなど

 ヤーダヴァ族とは係わりのない神名が現在並んでいるが、

 太初の頃はクリシュナ kṛsna であったと考えられる。

 クリシュナは黒い皮膚の「黒い神」の語義である。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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