2013年3月28日木曜日

伊都からは「放射状読み」以外にない



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録40:4頁

 《伊都からは「放射状読み」以外にない
 「伊都からは「放射状読み」以外にない


 伊都国に次ぐ奴・不弥・投馬・邪馬壹の記事は

 伊都を起点として放射状に読むしかなく、

 連続して通過するのではないと決定した。

 伊都は今の牛津以外にないから、

 その東は到底、水行できない陸地ばかり、

 それでも東へ行くのだと主張する人は、頭脳を疑われる。

 また水行10日の距離は九州を出ず、

 その後1 カ月歩いて行けるのは

 四国の西半分止まりで到底、奈良へは行けない。

 これひとつだけでも「大和説」は既に壊減してしまっている。

 また邪馬壹国への行程の細部をみても

 「水行10日、陸行1月」は、

 始めの郡からの行程説明

 「到~狗邪韓国~渡一海千余里」のような到着点の国名がなく、

 「水行10日〈または( or ) 〉陸行1 月」と

 いったor に当たる言葉「亦、或」もないから、

 「水行10 日+(プラス)陸行1月」で○○に着く」という文章である。

 船で20日の距離は九州南部の西岸で、

 投馬=殺馬=薩摩= 川内・宮之城(面土国)あたりだと判っているのだから、

 10日はその半分、真南に走る幹線道路の起点「八代」がぴったりの所にある。

 ここには河童が上陸したという伝承があり、碑も建てられている。

 オリエントのカッパドキア人も連想させられて、
 
 そこが古来の重要ポイントだったことを証言している。

 距離、方向、重要コースの起点という地理条件から伝承までを兼備した、

 このコースに勝る考証は、他には全く考えられない。


 《スメル(シュメール)文明

 「スメル(シュメール)文明
 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

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 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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