2013年3月25日月曜日

『唐書』の倭国は四国、日本は鹿児島



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録39:29頁

 《『唐書』の倭国は四国、日本は鹿児島
 「『唐書』の倭国は四国、日本は鹿児島


 『奈良の北の国「略載」?』

 また『魏書倭人(ウワイト)章』には「女王国以北は略載できるが」という、

 旁国の前書きがあるから、

 大和説だと奈良の北の国々が略載してなければならないが、

 奈良の北の京都、福井の記事は全くない。

 略載してあるのは対馬から殺馬までの九州の国だけだ。

 「いや女王国『以西』の国々だ」といっても

 大坂、兵庫、鳥取、島根、岡山、広島、山口の

 各府県のものも一つも書かれていない。

 その理由は『新唐書』の日本の章末が説明している。

 そこには

 「邪古(ヤク)、波邪(ハヤ)、多尼(タネ)の三小王有り」と書いてあった。

 これが本州を含む日本列島のことで小王とは屋久島のような島の王だとすると、

 まだまだ隠岐の島や佐渡が島、淡路島、天草、五島列島などの大きい島の他にも、

 瀬戸内海の沢山な島々や伊豆諸島などが書かれていなければならない。

 それなのに屋久島、隼人、種子島の、

 鹿児島県の僅かな地名しか挙げられていない。

 これは初唐時代の小国・日本が、鹿児島県にあった証拠である。

 そこで『舊唐書』を見ると、

 その記録は

 「大国・倭国と、小国・日本国」

 との二本だてになっていて

 「倭国は東西五月行、南北三月行」とある。

 東西が長く、南北が短い。

 これは四国以外は考えられない地形である。

 それに続いて

 「日本は舊小国…その国界、東西も南北も各数千里。

  西界南界みな大海に至り、東界北界は大山を限りとなす」

 とある。



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