2013年3月21日木曜日

「女王国以北」の「一大率」の正体



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録39:25頁

 《「女王国以北」の「一大率」の正体
 「「女王国以北」の「一大率」の正体


 「女王国以北」には、もう一つ重大な記事がある。

 そこには
 
 「女王国以北に特に一大率を置き検察する、

  諸国は之を畏れ憚る。常に伊都国に治す」

 とある。

 ここにも女王国は伊都国の南にある事実を、

 詳しい位置関係説明として、念を入れて書き加えてあるのである。

 ただ一字だけの「南」を『東』の誤りだと主張する「大和説」は、

 これをどう説明するのか?

 またこの「一大率」は、

 もう一つの「大和説」欠陥証明になっている。

 率は「ひきいる」という意味と、

 任務が諸国を検察することで、

 軍と警察が一つになった組織だと確認できる。

 この「一大」は現在私たちが使う「大きさを表わす形容詞」ではない。

 それは小さな壱岐の島が「一大国」という名をもっていたことでも判る。

 他の名詞が沖縄発音なのだからイキはイチだったのであるから、

 一大はイッティとして使った郡使の当て字であって、

 「一大国」はイチマ、邪馬壹国の筆頭官・伊支馬と同じ名で、

 こちらは郡使・張政の当て字である。

 これを見易く配列すると

 一大国=伊支馬=壹国=活目(垂仁天皇)で、

 一大国も伊支馬も活目も総て同じ「壹国」を意味しているのだから、

 一大率の一大も「壹」に対する当て字の一つに過ぎない。

 それが卑弥呼時代と壹與時代とで違い、

 書き手とその解釈によって、

 「当て字」が様々に異なっただけなのである。


 《スメル(シュメール)文明

 「スメル(シュメール)文明
 《パーリ語辞典
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