2011年10月12日水曜日

『邪馬台大和説』の誤りを自白している大和の地名


 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録21:9頁

 《『邪馬台大和説』の誤りを自白している大和の地名

 ⑦ セメレ 狭穂姫    南九州語で「狭い」は「セメ」。

              レの当て字「豊(れ)」。

              これを「サホ」と読んで「狭穂」と当て字したものとわかる。

              当て字したものとわかる。

              在来、信じられてきたサホヒメという名は、

              このセメレに対する当て字を間違えて読んだことから生まれた幻で、

              実在した名前ではない。

              だから奈良の佐保という地名は間違いに気づかない後世の誰かが、

              思いつきでつけた地名であることを自分で白状している。

              垂仁天皇たちが奈良に居なかった証拠である。

              同じことは、生駒(いこま)山という名も証言している。

              これも伊支(チ)馬という字を後世人が誤ってイキマと読み、

              そのキに木を当て字したものを、

              さらにイ木(コ)マと読んだ2重の間違いから生まれたもので、

              邪馬壹国はおろか、倭国も、

              卑弥呼時代には奈良とは無関係だったことを証言している。

              こうした事実の証言者として、

              このセメレが重要な役割を果たしたことをここで特記したのは、

              学問のあり方についてご熟考戴くためである。

   セメレ 清水     このセメレはまた沖縄~大隅語になおすとセはシ、

              メはミ、レはルからヅになる。

              清水という地名や姓もまた、もとはギリシャ語なのである。


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