2011年10月23日日曜日

検討すればする程凄いの真実度


 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録21:13頁

 《検討すればする程凄いの真実度

 ギリシャ本土からペロポンネソス半島に入る狭い回廊を通ると、

 すぐ南に伸びた湾がある。

 その北端にミケーネがあるが、

 その位置関係は、鹿児島湾北端にある国分・隼人と、

 湾の形も大きさも、湾口の方向も、町の位置も、気候風土まで、

 余りにもそっくりだったのである。

 その隼人町に若三毛野命=神武天皇が東征に出発した地点・高千穂の宮がある。

 『古事記』の記録がどんなに正確で素晴らしく、

 いい加減なものではなかったか、よくわかる。

 ミケーネから来た人々は、その故郷そっくりな環境に驚喜し、そこをミケーネと呼んで、
 都を置いたのである。

 若の字はジャク=邪久=屋久島だから、完全に位宮に一致している。

 その支配者を大隅語で「若・三毛野(ミケヌ)」と当て字したのだ。

 私たちは、そこが卑弥呼・倭国の首都や応神天皇の軽の明の宮になり、

 姫木山や鹿児島神宮が残っていることを知っている。

 しかしギリシャ人がなぜ?そんな日本列島の南端、現代でも辺地である、

 そんな土地に、たとえ足掛かりに過ぎなかったにしろ、王都を置いたのか?

 と深い疑問に悩まされてきた。

 その疑問がいま、このミケーネとの地理環境の一致で一度に氷解した。

 これで卑弥呼がなぜ?そこへ戻ったのかも疑いを残さない。

 『魏書倭人章』はここまで解明できなければ、

 これらの大きな疑惑が障害になって、

 真相を正しく把握することはできなかったのである。

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