2010年7月31日土曜日

在来の「常識」を大きく覆た「大八島(ウハシマ)」

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録10:22頁

「大八島国」

これ従来「大八洲」などと書かれ、

日本列島全体の名だと思われていたが、

以上の国名と名乗りの範囲は、沖縄から淡路島どまりで、

大阪も奈良も京都も入っていない。

では大八島とは何のことか?。

これは以上の国々を統括する位置に書かれているのだから、

以上の国々を統括する国名や名乗りでなければならない。

発音と共に、

史実としてもそれに一致するのは、ただ一か所しかない。

それは大=ウ、八=ハ、島=シマで愛媛県の<宇和島>である。

そこが隋の時代になっても首都だったことは、

もうよくご存知のことだが、

いま新たな視点からこの国生み名詞を再検討してみても、

真実だったことが裏書きされた。

もっとも現在の宇和島市そのものではないことは、

正会員塩崎教授のご指摘とご研究によって入念に検討した通りで、

少し北部の宇和町とその周辺である。

『記・紀』が編集された当時は唐代で『隋書』が書かれた当時である。

そこを国生みの総括にしたのは当然のことだったのだ。

所が梅澤稔正会員が不思議にもその宇和島の、

次のような意外で貴重なお便りを下さった。

「テレビで四国伊予の料理の紹介がありました。

宇和島近辺2、松山への途中1。その名前に驚きました。

『琉球、薩摩、日向』3つとも地場に伝わる料理名がこれです。

何か快哉を感じました」。

宇和島がどんな文化をもつ首都だったかを語る、

もう1つの文化財である。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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