2010年7月17日土曜日

名替え記事と系譜が告発する『日本書紀』の曲筆

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録10:10頁

「応神名替え」とは、単なる幼稚な「夢物語」ではなく、

こんなに重要な史実と、天皇政権の中枢の推移とを記録した、

特別に重大、かつ貴重なキーそのものだったのである。

それを

『古事記』は綿密に記録し、

『日本書紀』はごく粗雑に、

申し訳ていどにしか載せていないし、

それに付随した『系譜』の記載もまた同じである。

これは『記・紀』編集者の立場の違いと、

その記事内容の信頼度をはっきり教えている。

だから「応神名替え」と『系譜』の内容と質とは、

『記・紀』の記事を評価する文献批判の重要な判定材料として、

最も重要な地位を占めていることを、

よく認識していなければならない。

『日本書紀』がどう記事を歪めたか?

それは『日本書紀』縞纂者である政権が、

応神系の天皇たちをどう敵視していたかという記録でもある。

『新撰姓氏録』を深く分析すると仁徳天皇系の子孫は完全に疎外され、

また『延書式』の祭祀基準をみても天智天皇が超特級扱いを受けているのに、

仁徳天皇は実に疎略に扱われている。

それと同じ差別思想が『日本書紀』にも色濃く見られるのである。

それは何故か?。

すでに明らかになったように応神天皇は明確に高志=高句麗系である。

それに対して天智天皇は新羅王・金春秋である。

高句麗を不倶戴天の仇放とするようになった新羅系大和政権が作ったのが

『日本書紀』だからである。

『参考』

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