2010年7月24日土曜日

風と応神天皇

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録10:17頁

「隅田正会員の寄稿」

[(前略)……私なりに、私の視点でこの天皇について解っている事を展開してみたい。

はじめに、基本的な事だが、確認の上でも

古事記の応神天皇記を開いて見ていただきたい。

文頭だけ筆写すると

品陀和気命 軽島の明宮に坐しまして天の下治らしめき。

この天皇 品陀真若王の女、三桂の女王を娶としたまひき。

という書きだしである。

ここで確認したいことのひとつは、この文頭にある如く、

この天皇の名、名乗り、命名(みことめい)は、『記・紀』ともに

日本書紀 誉田別命   (ホムダワケ、コンダワケ)

本都別命   (ホンダワケ、ポントワケ)

古事記  品陀和気命  (ホンダワケ)

品田和気命  (ホンダワケ)

品牟都和気命 (ホムツワケ)

本牟智和気命 (ホムチワケ)

大柄和気命  (オオトモワケ)

品陀天皇   (ホンダ・テンノウ)

等と記述され( )内の様に読み 呼ばれ 認識されて来たという事である。

つまり応神天皇=ホムダ・ホンダ・ホムツ・ホムチ天皇が定説であり通称なのだ。

これは誰もよくご存知の事である。

それを最初に取り上げたのにはわけがある。

この天皇を知るにあたって、この名、名乗り、

命名(みことめい)に焦点を絞って追求していこうと言うのが、

今回の私の視点であり、

テーマであるとまずご理解いただきたいからだ。

そしてそれは はじめでもあり終りでもある。

言語復原史学員の皆様であれば、

紀記に見られる(名乗り)の構造については、

よく精通しておられると思うが、

ここでもその事が大変重要な意味を持って展開されて行くことになる。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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