2010年7月12日月曜日

木角宿祢が教える応神名替えのあった土地

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録10:5頁

前号では系譜を観察すると

実に様々な歴史の真相が見えてきた。

それは名乗りが、彼等の所領を明示しているからで、

それはまた事件がどこで起こったかを記録しているし、

さらにその周辺の地名が語る歴史が、

それを正しく脚色して、劇的な効果まで挙げるからである。

次は実例として、

まず前号で未完の「応神名替え」を取り上げてみよう。

名替えの相手は

『古事記』

「伊奢沙(イササ)和気大神・御食津(ミケツ)大神・気比大神」

場所は「高志前角鹿(ガ)」

『日本書紀』

「笥飯(ケイヒ)大神」(『神功皇后紀』十三年春二月)

場所は「角鹿」である。

笥飯=気比で、角鹿は共通している。

これを前ページp.4の建内系譜と見比べると、

角を名乗るのは木角宿祢である。

気と木も共通音「キ」をもつ。

前号でお話ししたように

南九州語では気・木をキヒと発音するから、

気比はその振り仮名用の当て字である。

角我はツヌガと発音されるから、我はガへの当て字だ。

建内氏はその名乗りで沖縄を本拠とした

高族であることを表現しているのだから、

沖縄語だとチヌグァでチヌ子やチヌ小だ。

すなわちグァは本土語の「コ」である。

この「コ」は木の古音でもある。

こうみると角我は角木、

現在の津奈木と同じものになり、

木角の逆になるが、木ノは沖縄音チヌで角もチヌ。

木も角も同じだから逆転しても同じ、

気比の角鹿とは津奈木だった可能性がある。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
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