2010年2月28日日曜日

日本古代王族の婚姻系譜(15)(16)

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録04:21・22頁

 出典:言語復原史学会・正会員:柿本一征

 2 故国原王の妃、備前車塚古墳周辺古墳披葬者の推定

 美川王の后は周氏(石勒のこと)の娘で、

 息子が故国原王と弟の「武」である(高句麗本紀)。

 しかし、もう一人、娘がいたのではないかと想定すると、次の系図になる。

 「系図G'」

 7       8       9

 美川王 ∥ |故国原王∥ |小獣林(伊集院)王
 石勒の娘∥_   妃 ∥_|故国壌(隈之城)王
       |武
       |娘   ∥_|石川宿祢          ′
        武内宿祢∥

 備前車塚古墳が美川王の墓であることは

 前稿(「七支刀」)で推定(特定)したが、

 このG'系図に周辺古墳の名を加えると、次のようになる。

 なお、これらの周辺一群の古墳群が、

 備前車塚古墳の一族のものであることは、

 どの本を読んでも(著者名は略)承認されているようなので、

 なにも付け加える必要はないと思う。

 ただし、未発掘なのかどうか、

 発掘報告の記録を読んでいないので、副葬品、棺の方位は吟味していないし、

 古墳の方位や相互の位直関係は図表によって解るものの、何も吟味しておらず、

 ただ古墳の規模と古墳名を検討対象にするだけだから、

 きわめて浅薄な推定にすぎないことは認めなければならない。


 「系図G」 

   7          8        9

美川王      |故国原王
 (備前車塚古墳)━|武(山王山古墳)━|神宮寺山古墳150m
   50m        70m    |金蔵山古墳 160m
          |娘   ∥  
           武内宿祢∥   _|石川宿祢
           (網浜茶臼山古墳)   (湊茶臼山)150m
             80(又は120)m


 このG系図を理解しやすくするために、

 もう少し周辺の系図を加えてふかん図を構築してみると、次のようになる。
   
 「系図H」
   4        5       ・6      7      8

 |大筒木垂根∥_|息長日子王∥_|千熊長彦━|真浄   ━ 武内宿祢
  管韓多羅 ∥  附志   ∥       |石虎   ━|15人の息子
                              |娘   ∥
         |虚空津姫  ━|石勒  ━|娘   ∥_|故国原王∥
         |息長帯姫                |武
          位宮   ∥_|咄固  ━|美川王 ∥ |娘   ∥  
                               武内宿祢∥
 |中日女   ━ 多婁王   ━ 己婁王 ━ 蓋婁王  ━ 玉彦姫
                              (姪岡陋姫)

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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