2010年2月27日土曜日

日本古代王族の婚姻系譜(13)(14)

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録04:19・20頁

 出典:言語復原史学会・正会員:柿本一征

 以上のように、

 系図A、B、C、Dが3世紀後半から4世紀前半にかけての、

 日本列島(九州大陸)と朝鮮半島、中国大陸における歴史上の重要な人物で、

 だれ一人残らず実在者である。

 高句麗王、前新羅王統譜はみな、伯固の子孫であることが理解される。

 仇道の子の末仇と休札夫妻の子孫は別に大切であるから、

 次のような略系図を復原しておいて、補講として論じることにしたい。

 「系図E]

   3   4     5      6          7

 末仇∥_|末仇2_|末仇3 _|扶余王玄     _|奈勿王
 休礼∥       (比流王) (奈勿王356~)  (~402)
                |娘         |企利


 この系図Eの6代目のときから、

 石城別王との対婚が発生しているようなので、後に検討してみる。

 なお、ついでのことであるから、

 金官加羅国王統譜の後半部分(の一部)を解明しておきたい。

 「系図F」

  3    4      5     6    7    8    9    10     11  
  12

 八坂王━大筒木垂根━息長日子王━千熊長彦━真浄 ━武内宿祢━石川宿祢━菅韓子 ━大河音宿祢
 ━都奴牟斯

 奈解_|大新河  ━多婁   ━己婁  ━蓋婁 ━多遅麻 ━大別  ━戸田  ━紀生磐
 ━紀大磐                         (伊尺品)(坐知) (吹希)

    |十市根  ━汾西   ━胆咋  ━五十琴━伊呂弗 ━洛   _|木事 ━市川臣   ━久爾辛                    (仲哀天皇)     (阿華)
                                    |木蓮子━太郎子   ━乎非王

 F系図の五十琴が前首済13代近消古王(346~375)、

 多遅麻が14代近仇古王(375~384)に該当することを、

 前稿(「七支刀は同時代遭物か?」)において検討した。

 F系図一列目(八坂王の列)の7代真浄までが

 金官加羅国王統譜の前半である。

 しかし、同王統譜の後半は、二列目(大新河の列)の

 8代目多遅麻からに移行していることが理解されよう(10代目戸田=的=紀小弓)。

 この多遅麻が(「も」)武内宿祢であることも前稿でみておいたことである。

 11代目紀生磐以後については別項で鮮明する。

 なお、大別は前百済16代辰斯王であり、

 記紀の葛城長江襲津彦であることも、前稿で解明した。

 さて、大筒木垂根、菅韓多羅夫妻について、若干の言及をしておくと、

 この夫妻の名がどういう地名を反映しているかについては、

 加治木先生の通信講座に導かれて前稿でおこなったし、

 南朝鮮の「多羅」は僕自身は田中俊明氏の本を紐解いて確認した

 (「大伽耶連盟の興亡と『任那』」吉川弘文館)ものの、

 それだけではなんのことかわからない、

 というのが正直なところである。

 ところが、加治木著「おとぎ日本誕生」(徳間書店)によると、

 竹取物語のかぐや姫は壹與であり、

 その両親がこの難しい名の夫妻にあたるとなると、

 話は別である。

 本年のNHK教育テレビ新春番組でも、

 これらの人々をモデルにした舞踏劇が放映されていた

 (深夜長時間番組のフィナーレの部分)。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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