2010年2月11日木曜日

驚喜した光華明彩は今も『金髪』珍重

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録03:21頁

私がいうのは今の世界がグローバル化に進んでいるから、

私たちの祖先がギリシャ人だと主張しようというだけはない。

それはこんなに明らかな証拠群を揃えているから、

私たち自身が正確な史実を知らなければ、

余りにも情けないし、先祖たちにも申し訳ない。

それを妨害ばかりしている連中に憤(いきどお)りを

感じているのは私たちだけではない。

その先祖たち自身が最も激しく怒(いか)っているのだ。

と訴えているのである。

だが本題に戻ろう。

こうして卑弥呼らが、明確にギリシャ人だとわかると、

その誕生の際に、父母が驚喜したほどの

「光華明彩」が『金髪』のことだと確実にわかるのである。

それはこれまで、すでに詳しくその理由をお話したからもう繰り返さないが、

多くの文献が、ギリシャでは古来、金髪を珍重した。

それは今でも変わらない。

という事実を教えている。

つぎはパーリ語とは無関係か、調べてみる必要がある。

卑弥呼が君臨する前には、

間違いなくギリシャ人の君臨する倭人圏が実在していた。

卑弥呼自身もその巫女として働いていた。

しかし女王に推戴された後は、間違いなく仏教化して

パーリ文化が花咲いていたからだ。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書"
『メソポタミア世界』
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