2012年12月1日土曜日

フェニキヤ人来住は史実だという証拠群



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録35:28頁

 《フェニキヤ人来住は史実だという証拠群
 「フェニキヤ人来住は史実だという証拠群

 その「フェニ キ」が、

 もう一方では「船木=フナキ」という姓などの名詞になっている。

 これはキ音があるので沖縄以外の土地のものである。

 南九州には「無い」を

 「ネ」と言う土地と、「ナカ」と言う土地とがあった。

 今では様々な言葉が混用されていて、

 どこのものか断定できないが、

 山根と山名という姓があり、

 鹿児島県に阿久根、大根占があり、

 熊本県に玉名市があるから、

 フナは熊本語とみても大きな間違いはない。

 それはさらに次の事実を証言している。

 それは名詞語尾の「キ」は

 イサナキのキと同じで王称だということである。

 だからフナキは船王(キ)であって、

 海人王を意味していたのである。

 『住吉大社神代記』には

 船木 連(むらじ) 宇麻呂は

 神功皇后に舟を造って奉ったので、

 船木姓を賜わったとある。

 その所領の船木村は播磨の国、明石郡にあり、

 遠祖は大田田根子の児、神田田命とあるので、

 彼はインド経由で来た一族だったことが解る。

 カンダタという名は、

 有名な仏教説話『蜘蛛の糸』の主人公の名である。

 スサノオはフェニキヤのスリランカ拠点から、

 カンダタという名のインド人を乗せてわが国へ発たのである。

 神田田命は所領・九万八千町余の大富豪だったともあるから、

 フェニキヤ流の経済学は、ずっと後世まで健在であり、

 また履中天皇の妃・太姫郎姫(いらつめ)と高鶴郎姫との父が

 フナキワケ王と読める名をもっている。

 これらもフェニキヤ人の来住が史実だったことの不動の証拠なのだ。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
 『言語復原史学会:画像』

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