2012年4月25日水曜日

祭神たちは移住支配者が南九州から持ちこんだ神々




 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録27:30頁


 『祭神たちは移住支配者が南九州から持ちこんだ神々
 「祭神たちは移住支配者が南九州から持ちこんだ神々

 5 山陰の出雲が南九州の出水から分かれて大国化したことは、

   疑いの余地がない。

 6 すると地名も、領主たちも、

   南九州からの移民である。

   その地域を支配したのは土着の人たちではなく、

   元・南九州人たちである。

   その人たちが祀ったのは南九州の神であり、

   それは皆、支配者たちの肉親や祖先たちであって、

   出雲の先住民の肉親ではない。
 
 7 さらに<素戔嗚>と<大国主>は、

   ともに他からの移住者である。

   これで判定すると出雲へ移ってきたのは位宮と卑弥呼とその一族か、

   その子孫たちである。

 8 その伝承は時代の異なる2神が、

   どちらも外部から移住してきているから、

   <素戔嗚>だけが移住して来て

   <大国主>は出雲生まれだとする説は完全に間違っている。

   これは<素戔嗚>の八俣大蛇退治を出雲での事件だとする

   解釈が根本的に間違っていることを立証しているし、

   <大国主>の国譲り事件も、

   明らかに出雲以外の事件で、

   その後に出雲に移住して来ている。

 9 出雲各地にある、

   この2事件関連の人物を祀る神社や住居址は、

   後世に作られたもので、

   そこに本人が住んで事件があった史実の遺跡ではない。

 10 これは南九州の事件である

   <位宮>と<卑弥呼>と<壹與>の史実が、

   <浦島太郎>・<桃太郎>・<赫夜姫>のお伽話になって、
 
   丹後や木曽・陸奥・京都で、

   地元の事件として語られるのと同じである。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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