2011年2月2日水曜日

沖縄⇒佐賀⇒愛媛⇒大阪⇒群馬=倭国の足跡

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録15:24頁

しかし朝倉の宮という地名も気になる。

朝倉は7世紀に斉明天皇が亡くなった筑前の地名、

福岡県朝倉郡だとされるが、

『倭名類聚鈔』の筑前の部にはない。

『倭名類聚砂』には全国でただ1か所、

今の群馬県前橋市朝倉町が、

那波(ナハ)の郡の筆頭にあるだけである。

だから大和には高市の郡にもない。

城上(きのかみ)郡に長谷が

波都勢・ハツセと振り仮名してあるだけだ。

またその高市の郡には御所(ごせ)の名はなくて、

「巨勢・こせ」がある。

これは雄略王朝が衰亡した後世に、

ここを領有したのが巨勢氏だった証拠で、

語源は五瀬や伊勢や石や御所(ゴセ)と同じだが、

当て字をみると濁りは消えてコセである。

イサナギの名はここまでくると原形をとどめなくなる。

臣下の巨勢の住まいを御所とは呼ばないから、

付近に葛城一族の居住痕跡が濃く、

葛城という山があっても、

だからと葛城王朝を妄想しては学者とは言えない。

那波(ナハ)の地名が出てきたチャンスに、

ナハという地名がどれほど重要なものかも

お話ししておこう。

沖縄の首都・那覇は、

これまでまるで外国の地名のように見られ思われてきたが、

那覇は間に助詞を挟むと

那ヌ覇=ナヌハ=難波・浪速になる。

この助詞をガにすると那ガ覇=ナガハ+国(マ)=長浜。

ハを八と書くとナガヤ=長屋(王)。

この発音変化ナグヤ=名護屋、名護。

ナゴヤ=名護屋・名古屋。

だから難波や浪速の渡りも転々と移動しているのである。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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