2012年6月24日日曜日

伊弉諾・伊耶那岐は、戦の君=軍君



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録29:23頁

 《伊弉諾・伊耶那岐は、戦の君=軍君
 「伊弉諾・伊耶那岐は、戦の君=軍君

 『日本書紀』の<活目入彦五十狭茅>は、

 卑弥呼政権を倒して邪馬壹に都した垂仁天皇=位宮だが、

 『魏書倭人章』が帯方郡使の耳にした正確な発音を書き遣している。

 それは最高官を「伊支馬」と当て字している。

 これは当時の漢魏音で「イチマ」としか読めない。

 それは<活目>という当て字と同じものなのだから、

 この<活>は<イチ>、

 <目>は<マ>と発音しなければならない。

 <イキ>と発音する<活>を<イチ>と発音するのは沖縄語だ。

 では<イチマ>とは何か?

 それが壹国(いちマ)であることは一目瞭然である。

 入彦は婿を意味するから壹国の婿、

 すなわち壹與女王の夫である。

 この<壹>国はマレー語読みで

 <壹>=<サツ>、<国>=<マ>で<サツマ>・<薩摩>である。

 残る<五十狭茅>は<イッサンキン>=戦の君=軍君の

 沖縄発音<イーサーチヌ>である。

 前任者の五十狭芹(サキン)は

 鹿児島語で<イッサンキン>への当て字、

 <イキュウ>は

 琉球の朝鮮語訛りで、

 沖縄発音では<イチユウ>=壹與だから2つは同じ名乗りなのである。

 『魏書倭人章』の記録がいかに精密で確実なものかよく判る。

 この戦の君は

 大隅発音では「イッサナキン=イサナキの」である。

 スサノオ>と<ホムツワケ>は「いさ泣き」に泣いたと書いてあるが、

 それを仇名にするのは支配者たち対して余りにも失礼だし、

 2人が自身で「いさ泣き」を名乗りにすることも絶対にない。

 <伊弉諾>・<伊耶那岐>の真意は、

 この戦の君=軍君=戦の王(イサナキ)以外には絶対にない。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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