2012年6月4日月曜日

卑弥呼は、但馬太耳の娘・麻多鳥?



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録29:13頁

 『卑弥呼は、但馬太耳の娘・麻多鳥?
 「卑弥呼は、但馬太耳の娘・麻多鳥?

 これらの名乗りが全て仲哀天皇のものだと判ると、

 卑弥呼の夫として、非常に貴重な発見になる。

 その系譜や事跡が合うか?

 相互関係を確かめてみなければならない。

 簡単に要点を挙げて比較してみよう。

   仲哀天皇      天日槍            卑弥呼       神宮皇后

 1 日本武尊の第2子  新羅王子

 2 妻 気長足姫    但馬太耳の娘・麻多烏(マタオ) 孝霊・太瓊天皇の娘 息長宿祢の娘

 3 若狭の角鹿に行事  播磨・淡路・若狭に行く    巴利国が女王国首都 三韓へも行く

 4 若狭から九州に移る 若狭から但馬に移る      (播磨は後世の巴利国人の移動先)

 (若は稚(チ)ヌ国=沖縄、狭(タンネ)・但馬(種子国(タジマ))・太瓊(タニ)は、みな種子島)

 ここで一番重要なのは、但馬太耳の娘・麻多烏である。

 卑弥呼は天照大神として宇治山田に祭られ、その遺跡は内山田の地名を残している。

 だから<麻多>は<アサダ>ではなく<ヤ>が欠けているのだから、

 <ヤ>麻多=山田。八麻多=八俣。残る<烏>=<オ>は、<オロチ>=大蛇の<オ>だったのである。

 八俣大蛇とは、単なる比喩ではなく、

 この名から生まれた合理的な名詞だったことがこれでわかり、

 それを討った<スサノオ>が邪馬壹国天皇・垂仁だったことも動かなくなる。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
 『言語復原史学会:画像』

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