2013年2月7日木曜日

紀州は大和朝廷の起首=「キシュ」



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録38:11頁

 《紀州は大和朝廷の起首=「キシュ」
 「紀州は大和朝廷の起首=「キシュ」

 また<キシュ>は初めて生まれた都市国家の名であることを考えると、

 我が国にも記念すべき国名として、

 どこかに残っていなければならないはずである。

 当然のことだが、それもある。紀州がそれだ。

 「紀州は紀伊の国で紀州は略称だ」と反対されそうだが、

 筑州とか豊州とか摂州という略称はなく、

 あべこべに「紀伊の国」というのは、

 『風土記』編纂時代の726年の民部省令、

 「郷名は好字二字で表記せよ」に従って、

 わざわざ余分な「伊」の字を加えたことが判っている。

 紀州は<キシュ>への当て字だった可能牲が限りなく強い。

 さらにもう一つ、紀州は大和朝廷の起首でもある。

 検討済みの淡路島首都時代の天皇だった

 履中天皇・伊邪木(イザナキ)和気が

 沼島から真東に海南市に渡ったのが、

 倭の五王の近畿遷都の起首で、

 そこが紀州の当て字名を今も保存している。

 それに続いて

 倭王・済=倭済の墨江中王の訓みに合う和泉、墨江の地域があり、

 倭王・興=安康天皇に合う河内=興王(キ)=コウキ⇒コウチ⇒カワチ、

 倭王・武に合う大和の高市と進んで、初めて大和に入り、奈良に移って遷都が一段落した。

 これが大和朝廷成立の真相なのだから、

 ここでも紀州は起首の重要地点に位置している。

 それは都市国家・キシュの記憶と伝承が、重く受け継がれた結果であり、

 それはスメル語の「キシュ」が「起首」を意味していた事実の、

 反論不可能な証拠なのである。

 《スメル(シュメール)文明
 「スメル(シュメール)文明

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

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 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
 『言語復原史学会:画像』

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