ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2013年2月2日土曜日
スサの方言差国名が語るスサ文明の歴史
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録38:6頁
《スサの方言差国名が語るスサ文明の歴史》
「スサの方言差国名が語るスサ文明の歴史」
名詞が重要な例として、大学院講義録37:17頁の
国名・<エリヅ>が<エレチ>になり、
神名が<エンヒル>から<エンキ>になり<アヌ>になった理由を、
ここでお話ししておこう。
こうしたことは従来、
それらがまさか日本語で読めるなどと思いもせず、
注目した者もいなかった。
だがこうした国名や神名の変化が、
実に重要な歴史を教えてくれたからである。
<エリヅ>が<エレチ>になったのは、
<リ>と<レ>はどちらもラ行、<ヅ>と<チ>はどちらもタ行で、
方言差だとわかる。
これは一つの集団が二つに分裂して、
少し方言差のある土地に移ったために、
前の名とは違った名詞が生れて、
それが新しい国の国名になったのだと判るから、
この2国の政権の指導者は、
そんなに縁遠い人たちではなく、もとは同族だったことがわかる。
するとその移住は少しずつ広がって行ったものが、
言葉に地域差ができる程の時が過ぎたあと、
人口が充実して、新たな一国として組織化されたのだと解る。
これをさらに細かく検討してみると、
<リ>と<レ>の違いは
沖縄の3母音語は<リ>、
鹿児島の5母音語は<レ>で、
<チ>と<ヅ>は「津」を<チ>と読むのは沖縄語だが、
<ヅ>と読むのはどこか?という問題になる。
宮崎には島津(しまづ)の庄という古代地名があったから、
津を<ヅ>と発音している。
スメルの2大河は、
沖縄と宮崎間の海にも似た距離感をもっていたことが読み取れる。
《パーリ語辞典》
「パーリ語辞典」
『参考』
『言語復原史学会:Web』
『言語復原史学会:画像』
『言語復原史学会:画像』
『My ブログ』
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ウワイト(倭人)大学院講義録
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《参考》
古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
最新の考古学的発掘の方法
存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状
装飾古墳
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