2013年2月12日火曜日

末盧と伊都はウバイドの遺物



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録38:16頁

 《末盧と伊都はウバイドの遺物
 「末盧と伊都はウバイドの遺物


 たとえば、

 この百済出水(ポセイズン)はギリシャの海神であると同時に、馬の神でもある。

 それがタツノオトシゴが「海馬」と当て字されている理由だが、

 それはどちらも長い馬面をしているからである。

 百済は一般には<クダラ>と読まれているが、

 <クダ>はマレー語で馬のこと。

 <ラ>は国を意味する古代日本語の一つだから、百済は「馬国」を意味している。

 すると松浦は馬津国で、やはり馬の国、完全に同じ意味の地名になる。

 佐賀の北部海岸地帯は東松浦郡で馬の国。

 その東南五百里に牛津がある。

 これは「牛頭」と書いても<ウシヅ>と読める。

 これを普通「ゴヅ」と読むから、<五頭>であり<五津>である。

 これは<イヅ>であり、<イツ>でもある。

 『魏書倭人章』の書く末盧国は松浦郡で唐津湾。

 そこから東南五百里にピッタリ牛津があるから、

 そこが伊都国であったことは動かない。

 すると伊都の長官は牛頭天王であり、

 それはスメル語の<グヅ>からきた名詞である。

 こう判ってくると伊都は後に位置を変えて、松浦の東の恰土になった。

 これは<イド>と読めるから、ウパイドの<イド>に合う。

 松浦は馬津国だから馬。

 ウマは大馬(ウマ)で小馬はコマ。

 だとすると大馬は「ウバ」怜土は「イド」、

 ここにもウバイドが二つに分割された国名として生き続けていて、

 3世紀に魏の帯方郡使の手で末盧と伊都と当て字されて、

 明確な記録として残っていたのである。


 《スメル(シュメール)文明
 「スメル(シュメール)文明

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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