2013年4月7日日曜日

現存する邪馬壹の名と遺跡と文化遺産



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録40:14頁

 《現存する邪馬壹の名と遺跡と文化遺産
 「現存する邪馬壹の名と遺跡と文化遺産


 仮に邪馬臺が正しければ、臺はダグかトで、

 八代から南陸行1カ月に在る「女王の所都」の跡には、

 ハマンダグかハマントという地名が遺っているはずだが、全然存在せず、

 ハマンチだけだから、

 そのチは臺ではなく「チ=市=壹」だったことが明確に把握できる。

 しかもこれは地名の発音だけでは終わらない。

 鹿児島神宮はもと正(しょう)八幡と呼ばれて全国の八幡社に君臨し、

 静御前などで有名な「歩き巫女」を派遣し、八幡座という市(マーケット)を開き、

 その管理人として座頭(ざとう)を任命し、検校(けんぎょう)などの「位(くらい)」を与えた。

 これらがさらに楽市.楽座や、芝居、歌舞伎、曲芸、琵琶怯師、三味線(ゴッタン)弾き、

 祭文語りなどの宗教芸術や、舞踊や生け花などの家元制度を生んだのである。

 お節句の雛人形をイチマ、

 貴族女性の笠を市女(イチメ)笠と呼ぶのも全て、

 壹国(イチマ)の実在証明なのだ。

 卑弥呼の侍女千人は、

 こうした信仰と流通経済と娯楽に至るまでの、

 古代先進文化の教師=仏教宣布団の有髪(うはつ)の尼僧=優婆畏(ウバイ)であり、

 それは神功皇后と結婚した仲哀天皇が、

 アソカ王の派遺したソナカ仏教宣布団の継承者であり、

 皇后がウバイド以来の女王制統治者、

 優婆畏(ウバイ)王であり慈悲救世の観世音菩薩=鬼道の教皇だった。

 これはウバイド文明とその世界教化政策による統治と

 遷都の実態を目の辺りに見せる「本当の生きた歴史」だったのである。


 《スメル(シュメール)文明

 「スメル(シュメール)文明
 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

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