2013年4月27日土曜日

ははき木(2)



 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:1頁

 はじめに:ははき木(2)

 般若心経は「大唐西域記」で知られる唐の僧玄奘(げんじょう)が

 西暦629年から645年にかけて現在の中央アジア・インドを

 旅行した後に漢訳した「般若波羅蜜多心経」のことで、

 般若はサンスクリット語 prajna を音写した

 「智恵」を意味する用語である。

 箒木がこの「智恵」の表徴であることが理解できるであろう。

  美濃国は信濃国の境(界)

 「その原ふせやしとはどこだろうだろうか。」

 現在の長野県下伊那郡阿智村園原、智里伏谷のことである。

 古代東山道の美濃、現在の中津川市神坂から県境の神坂峠を越えて

 信濃へ入ったばかりの山岳地に位置している。

 現在この村は中央自動車道が貫通しており、

 トンネルに関する掘削から道路管理まで日本の最新知識と技術が

 結集されて建造された恵那山トンネルと網掛トンネルが

 道路距離の半分を占めている。

 だが、古代においては、

 東山道の東国へ旅する第一の険阻な関門であった。

 そして神坂峠は信濃国への入り口でもあった。

 《Key Word》

 般若心経

 大唐西域記

 玄奘(げんじょう)

 般若波羅蜜多心経

 般若

 サンスクリット語

 prajna

 智恵

 阿智村園原、智里伏谷

 中津川市神坂

 神坂峠
コメントを投稿