2014年12月3日水曜日

神坐日向神社と大三輪氏⑦


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:803頁

 第十二章 大国主神と大物主神

 神坐日向神社と大三輪氏⑦

 『古事記』の大国主神が少名毘古那神に去られた後

 「吾狭して何れにか能く此の国を得作らむ」と嘆いていた折、

 「海を光(てら)して依り来る神」があった。

 この神こそ divasa (光輝) で光して来た大物主神である。

 『古事記』はその神名を明らかにしていなかったが、

 これで判明したことになる。

 しかも「吾をば倭の青垣の東の山の上に伊都岐奉れ」と

 大国主神に言い、「此れは御諸山の上に坐す神なり」とある。

 「東」は日向で、

 「青垣の東の山の上」は「御諸山の上」で、

 「上」とは「高宮」「神峰」の「コウ」に当たる。

 光明(divasa)の神(大物主神)が

 三輪山の上(高宮)に鎮座したのである。

 「光明、光輝」を表わすサンスクリット語に jyotis がある。

 この jyotis が事代主命の祖語で、

 音訓すると「じだいす」となり、漢音写の「樹提」と近似する。

 『古事記』には

 「大国主神、亦神屋楯比売命を娶して生める子は事代主神」

 とあるが、その母命名は「じんやたて」と読め、

 jyotis の動詞形 jyotate (輝く)に近似し、

 「事代主」が jyotis を祖語とすることを示唆する。


 このように「光輝、光明」を内容とすると

 大物主神と事代主神が櫛御方命(大奇方日方命)の

 父の名称を混乱させる原因となっている。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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