2014年12月11日木曜日

神坐日向神社と大三輪氏⑪


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:807頁

 第十二章 大国主神と大物主神

 神坐日向神社と大三輪氏⑪

 そしてこの女神が高宮神社の祭神「日向御子神」となる。

 同社は大神神社の摂社であるから、

 崇神天皇時代に奉祭し始めた日神(太陽神)崇拝を

 三輪氏はその尊名を変えて継承してきたことになる。

 「御子」は「神子」である。

 神子は巫覡(きぬ)、幾穪(きね)であるが、

 これはサンスクリット語の gnā の音写で「女神」を表わす。

 巫覡は巫女で神に仕える女で本来は神妃を語義とするものである。

 よって神子である御子とは「女神」であるのである。

 大物主の神妃となった

 勢夜陀多良毘売命や夜麻登登母母曾毘売命は gnā となったのである。

 桜井市茅原の倭迹迹日百襲姫命(『日本書紀』表記)を祀る

 神御前神社名の「御前」は貴人の「奥方、妻」の意味で

 「神妃」を神社名とするものである。

 「大神分身類社鈔並附尾」が

 上神社の祭神を日本大国主命としたのは、

 この「クニ」を遠因としているかもしれない。

 崇神天皇の頃大黒主であった神格が大国主へと転換されたとも

 考えられる。

 「神体杉木」とあるのは、京都市伏見区の稲荷山でみたように

 「スギ」は śuci ないし śucya で「光輝」 を表わし、

 大神神社の神木でもあるが、天照(光明)神の鎮座に相応しい。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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