2014年11月8日土曜日

大国主神の奉祭氏族(3)出雲族③


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:782頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大国主神の奉祭氏族(3)出雲族③

  八束郡東出雲町は出雲國風土記にも載る

 かっての意宇郡の地で「出雲郷」を現在

 「アダカエ郷」と呼んでいるが、

 そこに阿太加夜神社が鎮座していることは既述のとおりで、

 この辺りが出雲の発祥地である。

 同社の西側を意宇川が流れ、

 上流は八雲村で熊野神社が鎮座する。

 意宇が奈良県桜井市辺りにいた『古事記』にいう生尾人と

 関係があるだろうということを述べたが、

 大物主神を考察した際に述べた ahi-dvis(蛇王、龍王)を

 思い出していただければ、

 双方の濃密な関係を知ることができる。

 熊野神社の西方に「蛇山」があることからすると、

 意宇川の流れる峡谷は蛇の里である。

 つまり意宇は ahi の転訛である。

 須佐之男命の八俣の遠呂智(おろち・大蛇)退治の物語は、

 彼の勢力がこの地方へ入って来た時に

 蛇族(意宇)を征圧したことを物語っているのである。

 その蛇族とはすでに述べたように富(とび)氏族であろう。

 富氏の伝承によると「勾玉」のことを

 「財(たから)」といって尊重してきた。
 
 財は竹玉(たけたま)であり、

 大神神社でいう竹玉が

 太初においては勾玉であったことを示唆している。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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