2014年11月11日火曜日

大穴持命と出雲(1)熊野神社と来待神社①


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:785頁

 第十二章 大国主神と大物主神

 大穴持命と出雲(1)熊野神社と来待神社①

  風土記は8世紀の中頃編纂されたものだが、

 それから250年後の延喜式神名帳の出雲国のうちに

 「大穴持」を社名とする神社が意宇郡に3社、出雲郡に6社ある。

 「大穴持命」は出雲国造神賀詞にも述べられる

 出雲国特有の神名であろう。

 八束郡宍道町来待に延喜式神名帳意宇郡に載る

 来待(きまち)神社が鎮座する。

 祭神は大物主櫛瓶玉命で社伝によると

 崇神天皇の頃大和国三輪山から勧請されたという。

 同社の東方上来待神社に佐久田神社が鎮座するが、

 「サクタ」は大物主神であるインドラ神の剣をいうものである。

 同社の周辺佐倉は śakra でインドラ神の尊称である。

 来待川の西方の白石地区の「才」には同じく神名帳に載る佐為神社、

 下白石に佐為高宮神社が鎮座するが、

 佐為は佐伊で大神神社の摂社名に係わる。

 高宮も同じく三輪山の頂の高宮神社に係わる。

 ここで注視するのは来待で、「キマチ」がサンスクリット語の

 kha-mat の音写で、その意味が「穴持」であることである。

 Kha はこれまで

 紀伊国の「紀」あるいは「香」として紹介してきた用語で、

 そこでは「空虚、虚空、天空」と説明したが、

 また「穴」をも含んでいる。
 
 「キマチ」は「穴を備えた、穴持」で

 「瓶玉」あるいは「𤭖玉」そのものを表わしているのである。

 ここに大物主神と大穴持命とが習合している様子がよく知られる。

 崇神天皇の時に大田田根子が三輪山を奉祭するようになり、

 大物主神が当地方へ入ってきたものであろう。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)  
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ 
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