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《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:787頁
第十二章 大国主神と大物主神
大穴持命と出雲(1)熊野神社と来待神社③
「加夫呂伎」は「神祖」とも表記されている。
大穴持命といってもここでは久那斗神名である。
Khana は穴ではあるが、「坑」「穴を掘る」で、
久那斗 khanati(te) 、また khanitr (掘る者)に近い。
熊野大社は「日本火出初社」として知られる。
毎年十月十五日には鑚火(きりび)祭が行われる。
この祭事で火を鑚り出すのに鑚臼(実)鑚木が用いられる。
鑚臼は一枚の板で、鑚木は一本の棒で杵という。
鑚木(杵)鑚臼に穴ができるように挽り込んで火を興すのである。
この「穴を掘る杵」こそ毛野(気野)である「御気野命」にして
久那斗神なのである。
意宇の山狭に火を興す神が鎮座するのはなぜだろうか。
それはここで金属生産ないし加工(鍛冶)が行われていたからである。
金属業にとって火は不可欠である。
「加武呂/加夫呂」を
サンスクリット語の kamara (鍛冶工、金属工)とさえ考えられる。
熊野の東側の岩坂には田村神社が鎮座し、
祭神を金山毘古、金田(きんだ)明神としている。
久那斗は後に「キヌタ:砧」と変化しており、
「金田」はその砧であり、
金山毘古神は製鉄の神としてよく知られている。
ただし「田村」が tamara の音写とすると「銅」を表わすので
銅加工が行われていたとみられる。
その北方桑並川の下流に志多備神社が鎮座するが、
「志多」は鉄、「備」は鞴(ふいご)と同義で炉を表わし、
この神社名は「鉄炉」である。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
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