2014年10月18日土曜日

大国主神の奉祭氏族(1)礒城氏①


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:771頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大国主神の奉祭氏族(1)礒城氏

  桜井市三輪字金屋に志貴御県坐神社が鎮座する。

 延喜式神名帳に「志貴御縣坐神社大」と記載されている。

 志貴が大己貴命の「己貴」であることによるものだろうことを述べたが、

 「シキ」は『古事記』に「師木」、

 『日本書紀』に「礒城」と表記される。

 『旧事本紀』国造本紀には「志貴県主」と表記する。

 師木には神武天皇に反抗した兄師木弟師木の武将名がある。

 兄師木は滅ぼされたが、弟師木は帰順し、

 『日本書紀』に「弟師木、名は黒速を礒城県主とす。」とある。

 この黒速は大国主に依拠した名とみられる。

 志貴は狭い範囲としては三輪山と大和川の間、

 つまり志貴御県坐神社の鎮座する金屋辺りであり、

 大和川を超えたところが礒城島で粟原川との河間である。

 そして志貴県は城上郡、城下郡の広い範囲となる。

 この礒城氏族こそ

 太初において「大黒主」大国主神を奉祭していた氏族である。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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