2011年6月6日月曜日

ギリシャ人の来た時間帯 年表

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録19:16~20頁

ギリシャ人の来た時間帯 年表

ではギリシャ人は何時?我が国のどういう時代に来たのだろう?。

次は大学院講義録18からの総括として、

殷商からの関連史を簡潔にリスト化して、

順次、絞って見ていこう。

マケドニヤ滅亡まで

B.C.E

1523  中国に殷人の商帝国誕生。  
660頃  インドにマガダ国ほか16大国生れる。
『日本書紀』の「神武天皇紀元」に一致。

327    アレクサンドロス、北インド征服。

322    新マガダ国のマウリヤ王朝誕生
チャンドラグプタ王はギリシャ王女と結婚

273    アソカ王(チャンドラグブタ王の孫)即位

250    その王子・マヒンダ、スリランカ布教(南進)=崇神天皇の四道将軍伝承のモデル。

244    アソカ王仏典結集
     四道に仏教宣布団派遣
東方へはソナカとウッタラの2布教団が出発(西北東進)。

219    徐福、ホーライを尋ねて南海へ行く
すでに台湾にギリシャ人居住という証拠。

183    マウリャ王朝滅亡

168    マケドニヤ滅亡

「烏孫人の消長と新しい高句麗の歴史」

150頃  サカ人(釋迦の一族)インド侵入

146    カルタゴ滅亡

140    烏孫、西域の月氏国を取る

大隅ギリシャ人の発展拡大の尖瑞部

 70    烏孫、敦煌周辺で月氏に敗れ、残党は南下して長江を下る

 37    高朱蒙(コスモ=世界王)高句麗建国

古代カリエン人勢力との融合)『三国史記』。

 30    クレオパトラ自殺

 27    ギリシャ本国はローマ帝国の属州になる

高句麗、北沃狙を滅ぼす

「五彩圏」連邦の拡大期

A.D.

8    前漢滅ぶ

破壊者・王莽、帝国「新」と自称

 14    高句麓、前漢が領土にしていた高句麓県を奪い返す

 21    高句麗、扶余(夫余)を討つ

 25    後漢、建国

 45    鳥丸、鮮卑、匈奴が漢の支配領域に侵入する

隋・唐帝国の芽生え

「海上交通が縮めたギリシャと我が国との距離」

 47  当時、ギリシャ人がローマとインド間の海上貿易に従事していたという記録

 56  高句麗、東沃狙を討つ

 57  倭の委奴(イノ)国王、後漢の光武帝から「漢委奴国王」の金印を受ける(福岡志賀の島出土)


68 後漢に最初の寺・白馬寺建立
これはアショカ宣布団とは直接の関係はない。

91 北匈奴、後漢に敗れ、次第に瓦解し、
その後にギリシャ系倭人の集団=鮮卑が侵入して次第に強大になり、
その鮮卑が後に隋を建国し、唐に変身して中国を支配する。

だから隋唐は、いまの主題である大隅人が支配した国だったのである。

これはまだ疑問視する方があるかと思うので、

ここを使って「動かぬ証拠」をご覧にいれておこう。

その証拠とは、やはり、いま本題にしている『五彩圏』なのである。

唐の時代に書かれた小説の中に、王度が書いた『古鏡記』というのがある。

彼の師の名は候・生(秀才)で、汾陰(フンイン)(山西省)の人だったが、

その先生に貰った古い鏡が様々な奇跡を

現わしたという筋書きのノンフィクションである。

その古鏡は、

「直系8寸、中央にある紐(ちゅう=紐を通すツマミ)は、

丸く蹲(うず)くまった麒麟(きりん)の姿に作られ、

四周には亀・竜・鳳・虎が配置されている」。


「隋唐の支配者は大隅人だと証言する五彩圏鏡」

これが『四神』であることはいうまでもないが、

中央にも霊獣の麒麟がいて、

五彩圏』を完成していることに注意がいる。

ただし青銅鏡だから色の区別はない。

しかし『五彩圏』の中央は黄色だ。

そこに麒麟が配置されている。

麒麟は牡が麒で、牝が麟だとされているが、

黄と麒はどちらも「キ」という発音をもっている。

ただし黄をキと発音するのは日本語だけ、だから、これも、

この五彩圏鏡は我が国の

『五彩圏』文化が中国に入った後の作品だという証拠で、

隋唐はギリシャ系大隅人が支配した国だったという強力な証(あか)しなのである。

麒麟は腹が黄色、

それが背の方へ次第に光沢を増して玉鱗になるとしている。

その姿は、ビールの商標になっているお陰で、

我が国では誰でもよく知っているが、

その足は鹿や馬と同じ偶蹄(ぐうてい)類のもので首が長い。

そこで始めてアフリカ産の獣・ジラフを見た日本人が、

それにキリンという和名をつけた。

ところが今それをみると、

ジラフは黄土色、すなわち黄色の毛をもった唯一の偶蹄類なのである。

この命名は偶然とは思えないほどで再考の余地がある。

もっとも我が国の動物園で普通に見られるのはアミメキリンで、

褐色の四角い斑点が大きくて、肝心の地色の黄は細い網状になり、

褐色の方が地色のように見えるが、

ケニアにいるマサイキリンは斑紋が不規則で網目になっていないから、

肌色は黄色だとよくわかる。

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