2011年6月4日土曜日

ギリシャ人渡来の証拠と移動拡大の歴史

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録19:15頁

ギリシャ人渡来の証拠と移動拡大の歴史

その大隅は地元発音でウースン。

この当て字の一つが「烏孫」。
http://www.google.com/search?source=ig&hl=ja&rlz=1G1GGLQ_JAJP375&q=%E6%AD%A6%E5%B8%9D&aq=f&aqi=g10&aql=&oq=
彼等は前漢の武帝が即位した紀元前140年には

西域で月氏バクトリヤに追い払っている。

これは大隅人が拡大して朝鮮半島を北上して

鴨緑江両岸に邑婁(ユウロ)夫余をつくり、

殷代からの高族の国、高麗を支配下におさめて、

黒の国=玄武の国と名付けたことと、

烏は黒鳥だから「烏孫」と言う当て字は、

この地域にいる時に当て字された、という事実まで、

併せて立証しているのである。

彼等は、さらに北へ移動、

中国北部を迂回して西進して月氏の居住地を奪い取ったのだ。

その本国・大隅は新しい領土の都として栄え、

3世紀には7万戸ある大国・邪馬壹国の前身になった。

こうみてくるとその時期と、五彩圏の誕生がぴったり重なり、

そこにつけられた多くの国名が

ギリシャの五彩圏や神名群に一致するのだから、

この勝者がギリシャ人だったことは疑う余地がない。

では彼等はどこから大隅へやってきたか?。

それは与那国島がイオニヤを語源にもち、

台湾がホーライというギリシャの女神名をもち、

そこに一見して欧州人の子孫だとわかるアミ人が今も居住し、

アトモと呼ぶギリシャ式双耳土器

現代まで焼き続けている人々もいる。

また、ポセイドンアンピトリテアフロヂテなどといった
多数のギリシャ海神名が、百済奄美淡路島という国名に一致している。

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