2011年6月10日金曜日

国際戦争だった卑弥呼共立内戦や三国志内戦

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録19:24頁

国際戦争だった卑弥呼共立内戦や三国志内戦

では、これで隋唐鏡の問題は一応終了にして、

またリストの、後漢時代に戻ろう。

すると、これまでとは違った内容の「倭人章と倭人像」がみえてくるはずである。

107 倭国王帥升(スイ・サヌウ=スサノオ=高句麗王・位宮も同じ名乗りだ)後漢に朝貢。

すでに女性を信者とする優婆畏(ウワイ)の国・倭があったことになる。

また公式記録は見つかってはいないが、

日中間で非公式な往来が盛んだったことは、

我が国の当時の地層から、

鏡や武器など中国製青銅器の大量出土で明瞭。

166 ローマ王アントニウスの使者、後漢政府に来訪。

当時のローマ貨幣はべトナムでも発見。

後漢の桓帝と霊帝との間に、倭人連邦の中で大乱、卑弥呼、女王に共立される

これは天の稚彦と明媛や蘇那易叱智天の日矛などの伝承に分裂したが、

実体は卑弥呼=神功皇后と仲哀天皇=ソナカとの宣布活動であり、

三韓征伐」と呼ばれたものであって。

ギリシャ人とパーリ語人との連合体と、旧勢力との間に起こった内戦。

191 呉の孫堅、首都・洛陽に入る。後漢政権有名無実になる。

『三国志』時代の開幕。この呉は現地発音ウー、孫はスンで烏孫への当て字。

呉孫は長江を下って来た烏孫(大隅)人をさす当て字

『三国志』内戦の実態は、旧説とは比較にならぬ広汎な世界戦争。

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