2011年6月13日月曜日

小島をイオニヤと命名した時、それは始まった

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録19:27頁

小島をイオニヤと命名した時、それは始まった


ギリシャ人は、いつ?、我が国にやってきたか?

彼等は何を目的にやってきたのか?

が完全にわかった。

彼等は、アレクサンドロスの「八紘一宇」の理想実現の夢を追い続けて、

アレクサンドロスが病気のため引きあげ、若くして死んだあとも、

インドに残り、その後、次第に東へ東へと東征し続けた

「世界国家の戦士たち」だったのである。

もちろん本国からの物資輸送などあるはずもないから、

行く先々で自活するため小国家を建設した。

先住民との混血で風俗・言語も変化していった。

それが後に残したものが国名だ。

奄美、都井、百済、出水、大隅、淡路島といった

海の神々の名をそれにつけたのは、

彼等が海の戦士だったことを示し、

その後も朝鮮半島沿岸を北上して邑婁(ユーロ)などを造った。

その人々を東に送り出した根拠地は台湾

そこには海神でなく季節の女神・ホーライと名づけている。

これは気候温暖な楽土を理想の国とみて土着を決めたことを意味する。

そしてアルゴ船の故事からタイナ国(ロン)とも呼び、

先住南中国人語で「大和 Taiwoh タイウオ」とも呼んだ。

これがタイワンの語源である。

この国こそアレクサンドロスの夢の「和の国」だと自認したのだ。

しかしさらにその理想と夢を拡大して日本列島にも求める時がやってきた。

沖縄西端の小島・与那国をギリシャ語で

イオニヤ(行く者の国)と名づけた時、

それは始まったのである。

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