2015年7月22日水曜日

大黒柱③

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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:952~953頁

 第15章 大黒柱と大己貴命

 大黒柱③

  縄文時代から日本の国土の人々は

 大山椒魚あるいは小さいものにしてもその他の山椒魚を

 信仰の対象として大事にしていたと思われる。

 その証拠が曲玉(勾玉)である。
 
 山椒魚は両棲類のもの清い水のる滝つぼなどの石の下で

 水中の穴に左右対になった卵嚢を生むが、

 その形がバナナの房のように曲がっていて勾玉と同型である。

 長さは種類によって違うが、2~15センチメートル程度である。

 卵嚢には150~300の卵が包まれている。

 まさに「曲がった卵(玉子)」である。

 勾玉は縄文時代の後期晩期の遺跡から出土しているので、

 その信仰がその頃から認識され始めたとかんがえられる。

 大神神社の禁足地である大宮谷や山ノ神祭祀遺跡初め三輪山周辺で

 出土した子持勾玉も山椒魚の卵嚢を祖型としたもので、

 墳墓に納められたものは再生への願いを込めたものと推測される。

 再生後の長寿を祈ったであろう。

 子持勾玉が特に大神神社に特徴的なのは大国主神が「大黒」であり、

 大山椒魚を祖像としているからである。

 特に大神神社の禁足地から集中して出土しており大宮谷も

 大黒谷であっただろうと推考したのはこの状況判断にもよる。

 これを「ダイコク谷」と現在呼んでいる。

 次に述べるように山椒魚は「ハザ」とも呼ばれており

 三輪山をその南東巻くように流れる初瀬川は

 この「ハザ」を祖語としており、

 同山周囲はその信仰を表わす地名が散在する。

  大黒主神である大国主神は縄文時代の後期から
 
 日本国土で神格化され尊崇された。

 現在大国主神は、

 日本の最初に建てられた宮柱で「大黒柱」であったのである。

 (山椒魚、特に大山椒魚は現在その棲息地が狭められている。

  日本の自然環境の保護のため、

  単なる天然記念物としてばかりでなく、

  「国獣」として、自然の中で生きられるように

  自然環境を変えていくべきで、

  日本の環境のシンボルとすべき対象である。)

《参考》

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ
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