2015年7月27日月曜日

東鯷国

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:954~957頁

 第15章 大黒柱と大己貴命

 東鯷国

  山椒魚の別称を地名とした地域が東海地方以西の日本に多い。

 棲息分布地域にそれは重なっている。

 「睪」は三重県多気郡、島根県の簸川郡多伎町、佐賀県の多久市など、

 「鍜」は「えび」と訓むが宮崎県のえびの市の祖語である。

 「鯢」は「げい」で広島県の西部を「芸(げい)州」といった。

 山椒魚は外鰓(がいさい)のある両棲類だが、

 この「鰓」は「顎」のことで「あご、あぎ、あぎと」である。

 芸州は後に「安芸(あぎ)」と呼ばれるようになったが、

 その名は顎である。

 安芸は広島県ばかりでない。

 三重県、高知県、大分県(安岐)にある。

 特に「大分」は「顎田」 を「碩田」と表記した地名で

 祖語は「あぎと」にある。

 大山椒魚は一般にハンザキといわれ、

 地方によってはハザコ、アンコ、ハジッコイ、ハジコイ、ハゼッコイ、

 ハダカス、ハジカミなどと呼ばれた。

 ハンザキは佐賀県神埼郡(神崎郡)、

 大分市から国東半島への海岸沿いにある神崎など。

 ハザ、ハジは地方によって訛るが、

 岡山県の高梁市や奈良県桜井市の初瀬(長谷)はその名称である。

 大神神社の近くにその地名はあるのである。
 
 「黒」は三重県安芸郡河芸の黒田、松阪市の黒田町、大黒田町など。

 このように東海(岐阜県、三重県) 、近畿、中国、九州に

 それらは集中している。

 それにしても広い範囲にその名称があることは

 それだけ山椒魚に対する信仰があったという証である。

 それらの地域はまた「山椒魚国」であった。

  「山椒魚国」の存在を証明している史料が中国の史書にある。

 それが「東鯷国」である。

 漢書「地理志」の呉国の条の最後に

 「会稽郡の海上には東鯷国があり、

  20数国あまりに分かれ、

  その歳おりふし貢物を持って来見するといわれる。」

 その東鯷国が一般に日本のことと考えられている。

 漢書「地理志」は

 前漢の終末紀元2年に成ったと伝えられているので、

 日本についての、

 本書が「山海経」の天毒、姑射を日本に関係する地名と

 解釈することを除けば最古の記録となる。

 一般に

 東鯷国は日本のことと認められているという点においてである。

 「漢伊奴国王」の印璽(金印)を受けた

 倭の伊奴国の後漢への遣使が紀元57年のことであるから、

 それより少なくとも55年以上前から

 東鯷国の情報は漢へ伝わっていたことになる。

  「東鯷」とは何かを確認する。

 これを「東方の鯷」とまず解釈される。

 「鯷」は「おおなまず」の意味である。

 大漢和辞典には

 「鯷、ティ、ダイ、シ、ジ、おおなまず、鮧、鮷に同じ」とある。

 「鮷」は「ティ、ダイ、おおなまず、〔説文、通訓定事〕、

  鮷字亦作㈡鮷、鯷、䱱㈠」とある。

 「䱱」こそ「山椒魚」を表わし、

 「鯷」の実際は䱱である大山椒魚をいっているものと

 解釈されるのである。

 「䱱、ティ、ダイ、さんしょううほ、或は鮷につくる」と記す。

 大漢和辞典は、「玉篇」に

 「䱱魚、四足、其音如嬰兒、食之無癡疾。 顯示全文…」

 「睪沅注」に「䱱、即兒魚、字亦鮷、此作䱱、俗世」、

 「集韻」に「䱱一曰、魚黒色」、

 「山海経中山経」に

 「休水出焉、其中多䱱魚、狀如𥂕蜼而長距、足白而、

  食者無蠱疾、可以禦兵。」との

 参考を挙げているが、

 「集韻」が山椒魚を「黒色」というと言っている。

 䱱の由来は「䱱魚」であると前述した

 「爾雅」の「聲如小兒啼」に対応する。

 また「鯢」も「兒魚」でその「小兒」に対応する。

 この様に漢の時代紀元前後の頃、

 東方に「山椒魚の国」があることを史書は認めているのである。

 大国主神の祖像を「大黒主」とし、

 大山椒魚であるとの見解が独りよがりでないことを

 これで確認してもらえるだろう。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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