2011年9月13日火曜日

中国文明の母胎は太古ペルシャのシアルク文化

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録20:8頁

 《中国文明の母胎は太古ペルシャのシアルク文化

 次は、この年表が明確化した史実の概略を、

 古いほうからお話ししておこう。

 ペルシャの欄と、その上の西域を見ると、

 「商人文化」は殷時代前後に始まったのではなく、

 世界最古のエジプト早期王朝と並ぶペルシャのシアルク期

 西域のアムリ期からのものだったことが見えてくる。

 そしてそれがシベリヤのミヌシンスク文化にまで届いているのもみえてくる。

 しかし今の私たちはこれを見ても少しも驚かない。

 それは前以てシベリヤの

 『干支圏』を調査して大きな予備知識をもっているからである。

 こうして『干支圏』の研究をおこなって、

 大きな成果を獲得していたことの重要性と、

 その結果の大きさを教えられる。

 それは他人事ではなく、

 商人たちの血と文化が、

 沖縄の宝貝貨幣文明を生み、

 その文明が殷・商文明から中国の統一を生み、

 それが文字・言語の発達を進め、学問の体系を整えさせたからである。

 中国文明はラクダをつらねたキャラバンによって、

 シルクロードで西に文化を伝えたが、

 それは紀元前3000年以前に西からやってきた

 シアルク=仕歩く(日本語)文化の子孫だったのである。

 エジプトに初めて王朝が生まれた頃から東西を結ぶ行商を繰り返していたのだ。

 その物的証拠はまだ見つかっていない。

 しかし、こうして名詞は残り、それでこんなに史実を復元できる。

 私たちの学術体系が優れていることを、見事に立証してくれているのである。


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